第13話 月夜に現れし者(後編) |
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第14話 登頂 トレテスタ山脈 |
第15話 探索、襲撃、逃走 |
「零児……あんた、大丈夫なの?」 「目の下にクマが出来てるね……」 アーネスカと火乃木がのたのたと歩く零児を見て言う。 次の日の朝。零児達は今までヘビー・ボアの存在のために通れなかった橋を渡り、トレテスタ山脈を登り始めていた。 道は人間でも馬車でも通れるようにしっかり整備されていて、そこそこの広さもある。左右には木々が生い茂っており、旅人が休むだけのスペースも確保されている。 「あ、ああ……眠れなくてよ」 昨晩何があったのかは誰にも話していない。話したところで信じがたいことだと思ったからだ。 零児の部屋の窓ガラスは割られていたため、とても安眠できるような状態ではなかった。 そのため宿に戻らず、エメリスの姿を探したのだが、結局その日は見つからなかった。 窓ガラスについては、突風が吹いて割れたということにしておいた。若干苦しい言い訳だったが、どうにか信用させることは出来た。 「心配してくれるなら、荷車に乗せて寝させてくれないか?」 「却下」 「なんでだよ!」 そっけなく却下するアーネスカに零児が食って掛かる。 「今朝も言ったと思うけど、この子達に負担がかかりすぎるのよ。普段乗せてもらってるんだから、こういうときくらいは休ませてあげないと」 言いながら、アーネスカは自分達の横を歩く馬の頭を丁寧に撫でる。 トレテスタ山脈を越えるには登り2日、下りに1日。合計3日はかかる。その前半2日の登りは零児達人間は荷車に乗らずに、馬に負担をかけないようにしようという考えなのだ。 「……(ジー)」 シャロンも零児の顔をマジマジと見る。 「どしたシャロン?」 「……体……悪い?」 「いや……ただの寝不足(?)なんだけどよ……」 「男なんだからしっかりなさい! 昼食時にはちゃんと休むから!」 「はいはい……」 5人と2頭の馬はトレテスタ山脈の頂上を目指して黙々と歩き始めた。 「前途多難だね……」 ネレスは誰にも聞こえないようにそう呟いた。 「ア、アーネスカ……レイちゃん、本当に休ませて上げたほうがいいんじゃないかな?」 零児の顔を見ながら火乃木が言う。 言われてアーネスカも零児の顔を見る。 「別に……気にしなくていいぞぉ……」 零児とて不眠に慣れているわけではない。昨夜は眠れなかったどころか、むしろ体力を消費したわけだから、疲労がピークに達しているといっても過言ではないのだ。 因みに現在時刻は午後1時。昼食時である。 「う〜ん……そうねぇ。昼時だし、一旦休んで食事にする?」 「そうして、くれると助かる……」 「わかったわ。じゃあ、昼食にしよっか」 アーネスカが馬を誘導して、道の脇にあるスペースに馬を止めさせる。 「じゃあ、みんな。食事の用意をするわよ! とりあえず零児は休憩ってことで寝ている方向で……」 アーネスカがてきぱきと昼食の準備のために火乃木、ネル、シャロンに指示をしていく。 「火乃木は火の準備して。ネルとシャロンはまな板と包丁だして材料カットして」 「オッケー!」 「はいよ!」 「……わかった」 作るのは簡単な野菜コンソメスープだ。 火乃木は荷車から鉄鍋を取り出して水を注ぐ。さらに石と木の枝を取り出して、いつでも魔術で火を起す準備を整えた。 石で囲いを作り、その中心に木の枝を配置。直後、火乃木は魔術師の杖を構えて魔術を唱える。 「フレア・クリエイト」 そう静かに唱え、木の枝に炎を灯《とも》した。 「よし! 後は……」 その上に鉄鍋を乗せて、水を注ぎ込む。 「準備完了!」 一方ネルとシャロンは、まな板と包丁で材料を切っていた。切るのはにんじんにブロッコリー、ジャガイモの3つと、鶏肉だ。 「だ、大丈夫なのシャロンちゃん! 私がやるからいいよ」 「だ、大丈夫……のはず……」 シャロンは慣れていない様子で包丁を操り、野菜を切る。 しかし、その大きさはばらばらで歪《いびつ》だった。 「あ、いたっ!」 シャロンは右中指をほんの少しだけ切る。浅かったため血は出ていないが。 「ほ、本当に大丈夫? シャロンちゃん」 「だ、大丈夫……」 2人は力を合わせて何とか材料を切っていった。 「2人とも調子はどう?」 そこに火乃木が現れる。手伝えることがないかと思ったのだ。 「あ、火乃木ちゃん」 「野菜切り終わった?」 「まあ、なんとかね……」 ネルは歪に切られた野菜を見ながら言った。 「……あらぁ」 火乃木はなんともいえない表情をしている。 そんな火乃木をシャロンはジッっと睨む。 「……ムゥ!」 悔しいがシャロンは火乃木の料理の腕を知っている。そのため睨み付ける以外のことは出来ない。 「と、とりあえず、鍋に野菜とお肉入れちゃって、早いとこスープにしちゃおうよ!」 険悪な雰囲気になりそうだったシャロンと火乃木をネレスが咎める。 「そうだね……」 「……ムゥ」 シャロンはやっぱり不機嫌そうな表情だった。 「零児! ご飯できたわよ!」 それから10分ほどして、野菜のコンソメスープが出来上がった。主食であるパンと、スープをよそう器も用意でき、いつでも食事が出来る状態だった。 零児を起しに来たのはアーネスカだった。 「ん、ああ……」 零児は眠そうな目をこすり、起きる。 アーネスカは零児の目が覚めたのを確認すると、その横に座った。 「? なんで俺の横に座る?」 「聞きたいことがあるからよ」 零児にはなんとなくアーネスカが言わんとしていることが分かったような気がした。 「昨日何があったのよ?」 そして、その質問は零児の予想通りのことだった。 「宿の窓ガラスが割られていたことを、あんたは突風で割れたって言ってたけど、実際には違うんでしょ? 一応宿屋の店主には上手いこと言って言いくるめておいたけどさ」 「バレバレか」 「突風で割れたなら、普通部屋の内側にガラスが散乱するはずだからね」 零児は迷う。昨日のことを素直に話すべきかどうか。 「深い事情でもあるの?」 「ん……ちょっとな」 「そう……」 零児はアーネスカの横顔を盗み見る。その瞳はどこか遠くを見ていた。 「あたしにも秘密の1つや2つはあるから、無理に聞こうとは思わないし、あんたがはぐらかそうとしたってことは、それなりに理由があるからだろうとは思うわ。けど、なんでもかんでも隠しておけばいいって訳でもないと思う。旅をしている以上、その仲間と共に共有すべき情報ってのはあるわ。だから、なるべく話して欲しいと思うのよ」 「……懐かしい奴に出会った」 零児はエメリスのことは伏せて、ジストと言う男が自分に対して復讐の炎を燃やしていることを端的に話した。 ジストと言う男が突然部屋に現れ、自分に襲い掛かった。それだけだ。 「7年前の復讐ねぇ。あんたとジストって男の間に一体何があったっていうの?」 「それは話す気にはなれねぇ。悪いが……」 零児はジストを殺した。零児自身それははっきり覚えている。しかし、そんなことを仲間に話す気には毛頭なれない。 「そう。まあいいわ。話したくなったらいつでも言いなさい」 アーネスカが立ち上がる。零児もそれにならって立ち上がり、昼食をとることにした。 軽い昼食を済ませたあと、5人は再びトレテスタ山脈を登り始める。上り始めてから既に6時間は経過している。 「アーネスカ。1つ聞きたいんだが、トレテスタ山脈を登っている間はずっと野宿なのか?」 「そんなことないわよ? この登り道の途中に3箇所休憩所として設けられている施設があるのよ。寝泊りはそこでする予定」 「なるほど。あとどれ位したらたどり着く?」 「あと1時間半ってとこね。夕方にはたどり着くわよ」 「なるほど……」 ――それにしても……。 零児はシャロンと火乃木を交互に見た。 火乃木はまだ大丈夫のようだが、シャロンは既に肩で息をしている。 零児、アーネスカ、ネレスの3人はまだ体力がある方だから大丈夫だと思っていたが、シャロンと火乃木については零児は心配だった。 「シャロン、火乃木。大丈夫か?」 そう思って零児は2人に声をかけた。 「ボクはまだ……大丈夫だけど……」 そういう火乃木も若干肩で息をしている。だが、まだ平気っぽいというのは本当のようだ。 問題なのはシャロンの方だった。 「シャロンちゃん」 が、零児が何か言うより早く、ネレスがシャロンの前で背中を向けてかがんだ。 「無理しないで。ここからは私がおぶってあげるよ」 「……ハァ……ハァ……いい。自分で歩く」 「そう? 本当に辛かったら、ちゃんと言うんだよ?」 「うん……」 シャロンは意地でも1人で上りたいと思っているようだった。 「火乃木に……負けられない……!」 シャロンは誰にも聞こえないようにそう言った。 「ようやっと到着か」 坂道ばかり登ってきたため、そういう零児の声は達成感に満ちていた。 トレテスタ山脈を登り始めて7時間強。 5人はトレテスタ山脈最初の休憩所にやってきた。 辺りは石畳になっていて、大きな広場となっている。その広場の端の方にいくつかの店が軒を連ねている形だ。 そして広場の外側は広大な森林に覆われている。 「4合地点ね。これで大体半分弱くらいね」 「はう〜! 結構疲れたぁ〜!」 「だねぇ」 「……夕日……綺麗」 4人は思い思いにしゃべる。 「じゃあ、まずは宿に行きましょう。手続きを済ませたら食事と休憩。なるべく早く寝て、明日に備えましょう」 「だな」 広場にある建物の中で一際大きな建物。それが宿だ。 アーネスカはその宿屋の扉を開けて、その後ろから4人がついていく。 「いらっしゃいませ」 扉を開けると、若い青年が出迎えてくれた。 「お食事ですか? それとも宿泊でしょうか?」 「両方よ。4人用の相部屋と、1人用の部屋があればいいんだけど……」 「お客様。申し訳ありませんが、2人ずつの相部屋しかございません。それでも構わないでしょうか?」 「まあ、ないものねだりしても仕方ないしね。OKそうするわ」 「かしこまりました」 青年は丁寧な対応で説明した。 「ねぇみんな。そういうことだから、誰と誰が相部屋に……」 アーネスカの言葉が途中で止まる。 火乃木とシャロンの間で火花が散っているのが見えたからだ。 「……零児の相部屋になるのは……私」 「勝手に決めないでよシャロンちゃん……。それボクの台詞なんだからさ……」 「火乃木こそ勝手に決めてる……」 「シャロンちゃんと同じことしただけだけど?」 「あ、あんた達……」 呆れ顔でアーネスカが呟いた。 常に張り合うこともないのに。そう思いつつも恋のライバルってのはそういうものなのかとも思う。 「ほっとこうよ、アーネスカ」 ネレスがアーネスカの肩をポンと叩く。 「そうね……3人の問題だしね……」 「俺の自由意志は?」 「基本的にないんじゃない?」 半ば呆れ顔でアーネスカが言った。 そして夕食時。まだ日は沈んでいない。5人はそれぞれ宿屋から提供される食事を口に運びつつ雑談をしていた。 しかし、零児達以外にお客はいないようだ。 「お待たせしました」 そんな最中、アーネスカが注文していたチーズケーキが運ばれる。運んできたのは宿の受付をしていた青年だった。 「随分とお客がいないのね?」 アーネスカは突如として青年に話題を振る。青年は砕けた感じで言葉を返した。 「元々この宿は、エルノク、ルーセリア間を交通する人たちへの休憩所としての側面が強いですからね。観光客もたまに来ますが、やはり人が常にいる王都とは違って、それほど頻繁に人が来るわけでもありませんからね」 「そんなんで食っていけるのか?」 疑問に思った零児が口を挟む。 「ええ。常に人が来ないからといって、宿を閉めるわけにもいきませんから、ルーセリア王都のほうで生活の援助をしてもらっています。誰かが管理していないと、宿屋も機能しませんからね」 「国で生活が保障されているってことか」 「そういうことです。トレテスタ山脈を越える人たちのために、休憩所の宿屋は常になくてはならない存在なのです」 「なるほどね……ところでさっきから気になってたんだが……」 「はい?」 「あれ……亜人だよな?」 零児は今話している青年の変わりに受付に立っている亜人を見ながら言った。 牛のような角が頭部に生えており、2メートル以上もの大柄な体格の亜人だ。 「ああ、彼ですか。彼はディーエと言って、私と一緒にここを管理している亜人です」 「いや亜人ですって……」 火乃木も驚いてディーエと呼ばれた亜人を見る。 何を考えているのかは表情を見た限りでは分からない。しかし、人間に対する敵意はないようだった。 「あ、申し送れました。私は、ラックス。ラックス・ヴィーカといいます。以後お見知りおきを……」 自分と共に働いている者の名を紹介して自分が名乗らないことを失礼だと思ったのか、ラックスは自ら零児達に名乗りを上げた。 「あ、いやいや。そんなお構いなく……」 「そうですか。それではゆっくりお過ごしください」 ラックスは言ってその場を離れた。 「あのディーエって人……」 火乃木が呟く。その目はディーエに向けられている。 「人間のこと、どう思ってるのかな?」 「どうしたんだ火乃木?」 「あ、うん……。亜人と人間が一緒にお店を切り盛りするなんて……なんかびっくりしちゃって……」 「俺達だって一緒に旅をしているじゃないか」 「うん。そうなんだけど……」 火乃木は再びディーエを見る。ディーエは感情の読めない表情のままカウンターに立っている。 「あの人がどうして、人間であるラックスさんとお店を切り盛りしているのか。その理由とか、秘密とかが分かったら、ボク達の目的……達成しやすくなるんじゃないかなぁとか、ボクももっと人間の友達増やせるんじゃないかな〜とか……色々考えちゃって」 「まあ、気になるんなら後で直接聞いてみればいいんじゃないか?」 「うん……そうする」 火乃木はそう言ってパンにかじり付く。亜人である火乃木は亜人と人間がどうやったら仲良くなれるのか、興味があるのだろう。 「それにしても、夕日が綺麗だな……」 零児は窓から覗く夕日を見ながら言った。 その日の夜。 「あ、あの、ディーエさん……」 「……?」 アーネスカ達は風呂、零児は読書で自室にいる中、火乃木は受付をしているディーエに声をかけた。 「はい、なんでしょう、か?」 相変わらず感情の読めない表情をしながら、ディーエは答える。 「え〜っと……その……」 普段人見知りの激しい火乃木はディーエの巨漢に対して身をすくめてしまう。何から切り出して話をするべきなのか……そもそもきちんと話を聞いてもらえるだろうか? 「あ、ボ、ボク……」 「ええ、気づいて、いますよ」 「な、ななな何に……!?」 「貴方は……亜人である、ということです」 「え!? あの……どうして!?」 「匂いで……」 「あ……」 人間が本来感じることの出来ない匂い。しかし、その匂いというものに対して敏感な者には共通して分かるものがある。人間といっても、その全てが同じ匂いであることはありえないということ。それでいて、人間にも亜人にも、独特の匂いが存在していることだ。 「人間に変身していても、亜人が見れば、その者が亜人である、ということは、すぐに分かる……。それで、私に何か御用ですか?」 「え、え〜っと……」 火乃木は必死に考えを巡らせる ――な、何を言おうとしてたんだっけ……!? 「え〜とえ〜とえ〜とぉ……」 「不思議に、思います、か?」 「へ?」 「亜人である、私と、人間であるラックスと一緒に、この店を、切り盛りしている、ことが」 「あ……はい」 言いたいことをずばり言い当てられ、火乃木は素直に頷く。 「私はただ、争うことより、助け合うことの方がいいと思った、ただそれだけのことです」 「え?」 「亜人は人間を憎む存在……人間からはそのように思われていますが、それは正しいわけでも、間違っているわけでもない。全ての亜人が人間を憎んでいるわけではないし、全ての人間が亜人を憎んでいるわけでもない。私は……そんな少数派の亜人であるというだけのことです」 すんなりと会話に応じてくれたディーエのおかげで火乃木も話し始める。 「……ディーエさんは……人間のことをどう思っているの?」 「人間と言う存在に対しては、恐らく多くの亜人が持っているように、愚かしい存在だと思っていますよ。ただ、ラックスは違う。あいつは亜人も人間の間に境界を引かないのです」 「……」 「あんな人間が増えれば、自然と私と同じ考えを持つ亜人も増えると思うのですがね……」 「ボクも……そんな人達を知ってます」 「お連れのお客様ですか?」 「はい……。みんな、ボクが亜人っていうことを理解した上で一緒にいてくれてます……。本当……そんな人達ばっかりだったら、もっと人間と亜人が手を取り合えるような気がするんですけどね」 「……そうですね」 人間と亜人。互いに争いあう存在。しかし、それに対して心を痛める者達もいる。火乃木は思う。人間と亜人が手を取り合える未来。それは零児の目標だ。だけど、火乃木もその目標のために戦おうと思う。零児みたいな人間に、もっと増えてほしいから。 「あ、お忙しいところ失礼しました」 火乃木はぺこりとお辞儀をして、自室へと向かった。 |
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